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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)1829号 判決

控訴人 川井俊夫

右訴訟代理人弁護士 鈴木亜英

被控訴人 東亜土地株式会社

右代表者代表取締役 伊東亜細亜

右訴訟代理人弁護士 富田晃栄

主文

一  原判決を取消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金一〇三万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五三年一〇月二二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二当事者の主張及び証拠関係

次に加えるもののほかは、原判決の事実摘示と同一であるから(ただし、原判決二枚目表八行目の「探し、」の次に「被告の媒介により」を加えて、同九行目の「売買の媒介」を「売買」に、同裏七行目の「第四五条」から同末行の「(以下本件法令という)。」までを「第四六条一項及びこれに基く昭和四五年十月建設省告示第千五百五十二号(以下「本件告示」という。)第一の規定によれば、宅建業者の売買の媒介に関する報酬額は、次のように定められている。」に、同三枚目表初行の「取引金額につき」を「取引金額を区分して、」に、「一〇〇分の三の額」を「一〇〇分の三をそれぞれ乗じて得た金額」に、同四行目の「金額」を「金額以内」に、同裏六行目の「本件法令に基き」を「本件告示第六本文の規定により」に、同八行目の「本件法令」を「本件告示第一の規定」に、同一一行目の「本件法令」を「本件告示第六本文の規定」に、同四枚目六行目の「送達の翌日」を「送達の日の翌日である昭和五三年一〇月二二日」に、同五枚目二行目の「事務処理の委任を受け、その旨の委任」を「委任契約」に、同六枚目四行目の「本件法令に基く仲介報酬額」を「本件告示第一の規定による媒介報酬額」に、同裏五行目の「本件法令」を「本件告示第二の規定」に、同六行目から七行目の「取引金額が」を取引金額を区分して、」に、同九行目の「一〇〇分の三の金額」を「一〇〇分の三をそれぞれ乗じて得た金額」に、同七枚目七行目の「仲介報酬額」を「媒介報酬額」に、同九行目の「仲介」を「媒介」に、同一〇行目の「仲介料」を「媒介料」に、同八枚目表末行の「本件法令で」を「本件告示第一の規定により」に、同裏六行目の「法令」を「本件告示」にそれぞれ改める。)、これをここに引用する。

《以下事実省略》

理由

一  《証拠省略》を総合すると、控訴人は、単独で、昭和五二年一〇月九日、宅建業者である被控訴人(被控訴人が宅建業者であることは、当事者間に争いがない。)との間において、控訴人及び京子共有の本件土地建物について、被控訴人が買主を探し、控訴人及び京子と買主との間に売買の媒介をして売買契約を成立させた場合に、控訴人は被控訴人に対し売買代金額を基準として所定の報酬を支払う旨の宅地建物の売買に関する媒介契約を締結したことを認めることができる(被控訴人が本件土地建物の売買につき依頼を受けたことは、当事者間に争いがない。)もっとも、《証拠省略》には、被控訴人を代理人と定めて本件土地建物の売買に関する不動産業務の一切の行為を委任する旨の記載があり、原審証人滝沢富己子及び原審における被控訴会社代表者は、被控訴人は控訴人及び京子を代理して本件土地建物を売却する事務処理の委任を受けた旨供述している。しかし、《証拠省略》によれば、一般に宅建業者が不動産の売主又は買主の代理人として取引に関与するのは、目的物が遠隔地にある場合、当事者が遠隔地に居住し、契約に立会うことが困難な場合等特にその必要がある場合においてであり、通常は媒介の形式で関与するものであると認められるところ、本件においては、代理人として取引に関与する特段の必要があったと認めるに足りる証拠はないこと、《証拠省略》によれば、乙第一号証の委任状は被控訴会社備付の用紙に従業員である滝沢が委任文言を書込んだものであるが、被控訴人は、代理による土地又は建物の売買の委任を受ける場合も媒介契約を締結する場合も、同一の定型的な委任状の用紙を使用しその間に区別を設けていないと認められること(《証拠判断省略》)、前記甲第五号証の領収証には「金四〇万円、但し東久留米市下里二丁目九八五の五土地付建物売買仲介手数料」と記載されていること(《証拠判断省略》)に照らすと、前記乙第一号証の記載をもって前記認定を左右するには足りないし、また証人滝沢富己子及び原審における被控訴会社代表者の代理による本件土地建物売却の委任を受けた旨の前記供述も直ちに措信することはできない。また、《証拠省略》によれば、被控訴人は、控訴人及び京子を代理して富岡との間に本件土地建物の売買契約を締結していることが認められるところ(被控訴人が関与して控訴人及び京子と富岡との間に本件土地建物について売買契約が成立したことは、当事者間に争いがない。)、《証拠省略》によれば、右売買契約についての被控訴人の代理行為は控訴人らに無断で行われ、契約成立後はじめて控訴人らに知らされたものであったが、控訴人らは、右売買契約自体の成立を争うつもりはなかったから、あえてこれに異をとなえなかったものと認められるので、前記事実は前記認定を左右するものではない。なお、前記甲第五号証のあて名は控訴人と京子の両名となっているが、前記乙第一号証には控訴人が単独で署名押印していること及び《証拠省略》を総合すると、被控訴人との本件土地建物の売買に関する媒介契約は、控訴人が単独で締結したものと認めるのが相当であり(媒介契約であれば本件土地建物の共有者の一人である控訴人が単独で締結することができるが代理契約であれば、共有者全員によって締結されるべきものである。)、右甲第五号証の記載は右媒介の結果成立した売買契約における売主が控訴人と京子の両名であったため、滝沢において誤って両名の名を記載したものと考えられ、右記載があることをもって右媒介契約が控訴人(単独)と被控訴人との間において締結されたことの認定を妨げるものではない。

二  被控訴人が関与して昭和五二年一一月中旬ころ控訴人及び京子を売主とし富岡を買主として本件土地建物について代金一三五〇万円の売買契約が成立したことは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、右売買については、被控訴人のほか宅建業者であるミノワホームが被控訴人の依頼により媒介行為を行ったことを認めることができる。

三  本件告示第一の規定によれば、宅建業者が宅地又は建物の売買の媒介に関し依頼者から受けることのできる報酬の額は、依頼者の一方につき、それぞれ当該売買に係る代金額を区分し、二〇〇万円以下の金額に一〇〇分の五、二〇〇万円を超え四〇〇万円以下の金額に一〇〇分の四、四〇〇万円を超える金額に一〇〇分の三を乗じて得た金額を合計した金額以内と定められており(本件告示に以上の定めのあることは、当事者間に争いがない。)、また、一個の売買に関して媒介者が数人あり、各媒介者がその数人の関与をあらかじめ承諾しているときは、右媒介者らが受けるべき報酬の合計額は、法定の最高額を超えることができないものと解される。

これを本件についてみると、前記二認定の事実によれば、本件土地建物の売買代金は一三五〇万円であり、また被控訴人及びミノワホームは互に本件土地建物の売買について関与することを承諾していたと解されるから、本件土地建物の売買の媒介に関し被控訴人及びミノワホームが受けることのできる報酬額の最高額が四六万五〇〇〇円となることは、計数上明らかである。ところで、《証拠省略》を総合すれば、控訴人は、前記媒介契約の当事者として、被控訴人に対し、昭和五二年一一月二四日ミノワホームに対する仲介手数料の名目で四六万五〇〇〇円、同年一二月一二日被控訴人に対する仲介手数料の名目で四〇万円、同年同月一三日ミノワホームの社員に対する謝礼金の名目で一〇万円を交付し、被控訴人はこれを受領したことが認められる(被控訴人が以上の金員を受領したことは、当事者間に争いがない。)。もっとも、《証拠省略》のあて名は控訴人と京子の両名となっているが、これは本件土地建物の売主が控訴人と京子の両名であったため誤って両名の名を記載したものと解され、これをもって右金員が控訴人(単独)から支払われたことの認定を妨げるものとはいえない。被控訴人が受領した右各金員は、その交付の趣旨に照らし本件土地建物の売買に関し媒介を行った宅建業者に対する報酬の性質を有するものと解すべきところ、右業者が受けることのできる報酬の合計額は前述のように四六万五〇〇〇円を超えることはできないのであるから、右業者が報酬の最高額を受けることができるかどうかはさておき、少なくとも右額を超える五〇万円については宅建業者である被控訴人はこれを報酬として受領することはできないものといわなければならない。そして右五〇万円について他に被控訴人がこれを受領することができる原因を認める証拠はないから、被控訴人は控訴人から右五〇万円を法律上の原因なくして受領し、これにより控訴人は右同額の損失を被ったというべきである。

四  次に、《証拠省略》を総合すれば、控訴人は、前記媒介契約の当事者として、被控訴人に対し、昭和五二年一一月二五日広告宣伝費の名目で五三万五〇〇〇円を支払ったことが認められる(被控訴人が右金員を受領したことは、当事者間に争いがない。)。もっとも、右《証拠省略》のあて名は控訴人と京子の両名となっているが、これは前記《証拠省略》と同様誤って記載されたものと考えられるので、右記載のあることをもって、右金員の支払が控訴人単独でされたことの認定を妨げるものではない。

ところで、本件告示第六は「宅地建物取引業者は、宅地又は建物の売買……の……媒介に関し、第一から第五までの規定によるほか、報酬を受けることができない。ただし、依頼者の依頼によって行う広告の料金に相当する額については、この限りでない。」と規定している。一般に宅建業者が土地建物の売買の媒介にあたって通常必要とされる程度の広告宣伝費用は、営業経費として報酬の範囲に含まれているものと解されるから、本件告示第六が特に容認する広告の料金とは、大手新聞への広告掲載料等報酬の範囲内でまかなうことが相当でない多額の費用を要する特別の広告の料金を意味するものと解すべきであり、また、本件告示第六が依頼者の依頼によって行う場合にだけ広告の料金に相当する額の金員の受領を許したのは、宅建業者が依頼者の依頼を受けないのに一方的に多額の費用を要する広告宣伝を行い、その費用の負担を依頼者に強要することを防止しようとしたものと解されるから、特に依頼者から広告を行うことの依頼があり、その費用の負担につき事前に依頼者の承諾があった場合又はこれと同視することのできるような事後において依頼者が広告を行ったこと及びその費用の負担につき全く異議なくこれを承諾した場合に限り、広告の料金に相当する額の金員を受領することができるものと解すべきである。

これを本件についてみると、《証拠省略》によれば、被控訴人は、本件土地建物の売却のため所沢地区及び多摩地区において新聞折込によるチラシの配布を行い、また業者間の物件速報を行ったことが認められるが、右チラシの配布の費用として被控訴人主張のような多額の金額を要したかどうかについては疑問をさしはさむ余地があるばかりでなく(被控訴人は右チラシ製作折込料として昭和五二年一一月三〇日アドエースに対し五四万六〇〇〇円を支払ったとして乙第二号証を提出し、被控訴会社代表者も同旨の供述をしているのであるが、控訴人らには当初から五三万五〇〇〇円を請求しているにすぎず、右乙第二号証が本件土地建物に関するものであったかどうかについて疑念を抱かせるものがあり、また、当審証人川井京子の証言によると、同人が東京都住宅局民間住宅部不動産業指導課において相談した際、係員より右チラシ製作折込料の単価は一枚四円五〇銭位であると教示されたことが認められ、被控訴人がどの程度の枚数を配布したのかは明確でないが、被控訴人の行った新聞折込広告の費用が被控訴人主張のような多額の金額を要したかどうか疑問がある。)、《証拠省略》によると、右広告について事前に控訴人が被控訴人に依頼をしたことはなく、本件土地建物の売買契約成立後被控訴人の従業員である滝沢より売却のため必要であったとして広告料金の請求を受けたので、控訴人及び京子がこれに対し異議を述べたところ、強くこれを支払うよう要求されたためやむをえず支払ったことが認められ(《証拠判断省略》)、右広告は控訴人の依頼によって行われたものではなく、その料金の負担について控訴人の事前の承諾をえておらず、また、事後において控訴人の異議のない承諾をえたものともいえないから、被控訴人は右広告料金に相当する金額の金員を受領することは許されないというべきである。被控訴人は、右広告費用については控訴人の依頼がなかったとしても、控訴人は事後にこれを追認したものであり、またそうでないとしても、事務管理の費用として受領することができると主張するが、前記のように、宅建業者が土地建物の売買の媒介に関して行った広告の料金は、依頼者の特別の依頼があって事前にその費用の負担の承諾があるか又はこれと同視することができるような事後の異議のない承諾があった場合に限り、受領することができるものと解すべきであり、これがなかったことは前記認定のとおりであるから、被控訴人の右主張は、採用することができない。そうすると、控訴人が被控訴人に対し広告費用として支払った五三万五〇〇〇円については、他に被控訴人においてこれを受領することができる原因を認める証拠はないから、被控訴人は法律上の原因なくしてこれを受領したものであり、これにより控訴人は同額の損失を被ったものというべきである。

五  以上によれば、被控訴人は、控訴人から前記三の五〇万円及び四の五三万五〇〇〇円の合計一〇三万五〇〇〇円を法律上の原因なくして受領し、控訴人に同額の損失を被らせたものであって、被控訴人は宅建業者として法令上いずれもこれを受領することができないものであることを知っていたと推認することができるから、悪意の受益者として右受領した金員を控訴人に返還すべき義務があり、右不当利得金一〇三万五〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五三年一〇月二二日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める控訴人の請求は、理由がある。

よって、これと趣旨を異にする原判決は失当であり、本件控訴は理由があるから、原判決を取消して、控訴人の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 香川保一 裁判官 越山安久 吉崎直彌)

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